「Aさんですか」
その電話は6月のある日、八重山日報記者である私の携帯にかかってきた。携帯の画面には「010」で始まる番号が表示されていた。間違い電話ではなさそうなので、私は「はい、そうです」と答えた。
「警視庁捜査一課のコンドウと申します」
少し緊張した口調の男だった。発音にたどたどしさがある。外国人かも知れない。
「はあ」
戸惑う私にお構いなく、コンドウは用件の説明を始めた。現在、警視庁は大規模な詐欺事件を捜査しており、主犯格はフジイ・リョウヘイという男である。大阪府警がフジイの関係先を捜索したところ、大量のカードやパソコンが押収されたという。
「その中から、Aさん名義の楽天銀行のキャッシュカードが発見されました。Aさんがフジイに手を差し延べていた場合、法律上、Aさんのすべての財産が凍結され、Aさんは逮捕、起訴されます」
「…」
「Aさんのご住所は、石垣市××―×ですね。大阪府警にお越しいただけなければ、こちらからご自宅に行き、Aさんの身柄を強制的に拘束することになります」
私の名前、住所、電話番号が、すべてコンドウに把握されていることが分かった。胸の鼓動が少し高まった。
私は哀願した。
「でも、私は沖縄にいます。貧しいので、大阪まで行くお金がありません」
コンドウは「分かりました。電話で事情聴取します」と言った。
「これから大阪府警につなぎます。事件名と事件番号を、大阪府警の刑事に伝えてください。事件名は『資金洗浄』、事件番号は『ワ293256』です。復唱してください」
私は復唱した。
◆ ◆ ◆
「010」で始まる電話番号は国際電話であり、身に覚えのない場合は特殊詐欺の疑いがある。出るべきではない。また、警察を名乗る不審な電話は全国で多発しているという。警察を名乗る電話で何か指示された場合は、従う前に必ず第三者に相談する必要がある。
◆ ◆ ◆
電話口で「ツー・ツー」という音が鳴った。いったん切ると、今度は番号非通知で電話がかかってきた。さっきとは別人の精力的な若い男の声が聞こえた。完璧なアクセントの日本語だ。
「大阪府警のミヤセです」
「はい」
「事件名と事件番号を教えてください」
私は復唱した。
「落ち着いた環境で話す必要があります。今、どこにいますか?一人で間違いないですか?」
「自宅で一人です」
「この会話は録音させてもらいます」
ミヤセは、フジイ・リョウヘイが関わっている事件の関係者が「数千人以上に上る」とした上で「仲新城さん名義の口座が、マネーロンダリングに使われていました。心当たりはありますか?」
「ないですね」
「銀行口座は本人でないと開設できません。現在、あなたの口座の中身は現金で300万円入っていますが、この口座では数千万円の金の動きがあります」
「…」
「この事件の被害総額は600億円で、非常に大きな事件です。この金額の規模の事件なら、3年から10年の懲役になるでしょう。冤罪にならないように、協力して潔白を証明してください」
ミヤセは続けた。
「この事件は秘密保持対象の事件です。配偶者や子どもにも口外してはいけません。誰かに話すと、秘密漏洩罪であなたの自宅に伺います」
「分かりました」
ミヤセは、ようやく具体的な要求を始めた。
「あなたの携帯の通信検査を行います。ラインでビデオ通話にしてください。時間がかかるので、携帯を充電してください。通信検査の結果、何もなければ、あなたに有利な証拠となります」
ラインのビデオ通話で虚偽の「逮捕状」を示し、相手を委縮させて金銭の授受に誘導する詐欺の手口が横行している。この電話も、そうだったのかも知れない。
早口でまくし立てるミヤセ。もう1時間近く電話が続いている。ミヤセは何度も、ラインでのやり取りを迫った。
私は「それより、私が大阪府警に事情聴取を受けに行きます。交通費を出してもらえないでしょうか」と頼んでみた。
「それは自己負担になります」
「お金を出してもらえれば、大阪に行きます。お金をください」
「それは受け付けていません。あなたは数千人の人に会うことになります。大阪府警まで来てもらうなら、こちらのほうからお迎えに行く方がいいです。強制的に連行します」
「…そうですか。では、地元の警察に相談してみます」
電話は即座に切れた。