沖縄全戦没者追悼式で、毎年見慣れた光景になってしまったのが、首相のあいさつを妨害する会場内外からの激しいやじや怒号だ。昨年の岸田文雄首相に対するやじも大きかったが、首相が石破茂氏に交代した今年も、会場内で野太い声で罵声を浴びせる男性がいた。こうした行為は厳粛な慰霊の雰囲気を乱す。沖縄の品位を下げるだけだ。
今年は石破首相があいさつを読み上げている途中で、会場内から1人の男性によるやじが始まった。
本来ならやじの内容など書きたくないのだが、参考までに聞き取れた内容を列挙すると「ウチナーンチュは声を上げろ」「やがて戦争になるぞ」「沖縄を戦場にするな、聞いてるか」などと叫んでいるようだった。
男性が警備のスタッフに連れ出されるまでだいぶ時間があり、その間、男性は大声を出し続けた。
驚いたのは、男性のやじに呼応するように、会場内から大きな拍手が起こったことだ。
首相のあいさつはまだ終わっていない。拍手をした人たちは、進んで男性に協力し、式典の進行を妨害したようなものだと感じた。
男性が連れ出されると、今度は会場の別の場所から「沖縄の米軍基地を撤去しろ」という怒鳴り声が響いた。
首相は何事もなかったようにあいさつを続けた。
首相へのやじとは対照的に、玉城デニー知事の「平和宣言」では参列者は静粛を守り、知事が降壇すると拍手が沸き起こった。
やじや、それに呼応する拍手は、戦没者を悼む式典を一種の政治ショーにしてしまう。式典は本来、沖縄が心を一つにして恒久平和を世界に発信する大切な場のはずなのに。戦没者たちも、式典にイデオロギーを持ち込む人たちの言動を喜ばないだろう。
日本は民主主義国家であり、誰でも首相に抗議する権利はある。だからこそ、抗議したい人は政治的な訴えが認められている別の場所でアピールすべきだ。
ルールを乱してまで式典を騒がせるのは、あえて衆目を集めようとする精神的な幼稚さでしかない。そもそも式典の客人に対して失礼であり、ウチナーンチュの面目をつぶすものだ。この光景が毎年の恒例行事になっていることは、沖縄が抱える病巣の一つとも言える。
会場ではスタッフがやじを禁止するポスターを掲げるなど、主催者の県としても式典を守るため努力していることはうかがえる。
民主主義国家だからこそ、無法者を完全に抑止することは不可能かもしれない。来年以降も、県民の良識を信じるほかない。
(仲新城誠)