【視点】復帰50年「思い」を次世代に

 宮古、八重山で民放のテレビ放送が視聴できるようになったのは1993年で、たかだか30年ほど前のことだ。本土と沖縄本島だけでなく、沖縄本島と離島の間にも厳然とした格差が存在していた。
 しかし、その後の島々の発展と格差是正の速度は凄まじい。現在では各離島のほとんどのエリアまでインターネットが普及し、本島はおろか本土との情報格差もなくなった。
 新型コロナウイルスの影響もあるが、リモートワークが盛んになったことで、東京でも沖縄の離島でも同じように仕事ができる環境が整った。現在、特に沖縄の若い世代が、本土に対して疎外感を感じることはほとんどないはずだ。
 復帰前後に生まれた歳前後までの世代は、多少なりとも「自分は日本人なのか」という迷いを感じた経験があるかも知れない。
 それは沖縄が本土とは大きく異なる歴史を持ち、地理的にも隔絶された環境にあるからだが、現在の若い世代が、同じ迷いを感じる可能性はほぼ皆無ではないか。
 沖縄は15日に復帰50年の節目を迎える。復帰とその後の沖縄の歩みに関し、県民の間でもさまざまな受け止めがあるのは事実だが、復帰に対して肯定的な意見が圧倒的多数を占めるのは間違いないだろう。
 この50年で、沖縄は離島の隅々に至るまでインフラ整備が進んだ。沖縄振興は、沖縄戦の惨禍を経験した県民に対する贖罪も込め、国民の総意として進められたものだ。沖縄の先人たちも、時には本土との駆け引きも辞さず、時には遠慮なく情熱をぶつけ、郷土のため懸命に成果を勝ち取った。
 そうした人たちの「思い」の積み重ねの上に、現在の沖縄の発展がある。
 私たちはもはや、そうした先人たちに直接感謝の言葉を捧げることはできない。だが次世代へと「思い」をつなげていくことが、先人たちの努力に報いる道である。
 次の50年に向け、沖縄が抱える問題はまだまだ山積している。米軍基地問題、自立型経済の構築、県民所得の向上が代表的なものだ。
 特に目立った資源を持たない沖縄にとって、人材こそ最大の資源になり得るはずだが、沖縄の児童生徒の学力は全国でも最下位レベルにとどまっている。関連して、子どもの貧困問題も大きくクローズアップされている。
 離島では過疎化も進む。子どもたちに対し「島から世界に羽ばたけ」と激励してきた住民は「子どもたちが羽ばたいたまま帰ってこない」と嘆く。人材の流出にいかに歯止めを掛け、人材育成を進めるかが、これからの沖縄を占うだろう。
 「基地のない平和な沖縄」は長く沖縄のスローガンだったが、50年前とは国際環境が激変した。
 中国、ロシア、北朝鮮といった軍事大国が、日本周辺でかつてなく活動を活発化させた。特に中国の領土的野心は、県民の目に余るものがある。基地がないことが平和だと言い切れる時代は終わったように思われる。
 平和で豊かな沖縄という理想の追求は、今後とも変わることはない。だが、目指すべき沖縄の具体的なあり方は、時代と共に変化する。

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