【視点】首相退陣 世論が退路ふさぐ

 岸田文雄首相は14日記者会見し、9月の自民党総裁選に出馬しない意向を示した。事実上の退陣表明となる。
 自民党議員が政治資金パーティの収入を「裏金」化していた問題で政権不信が高まり、岸田首相の支持率は各種世論調査で20%台まで低下。次期衆院選での政権交代までささやかれる状況に陥った。党内では「岸田首相では戦えない」という雰囲気が広がりつつあった。
 岸田政権は2021年10月の発足から約3年で幕を閉じることになる。戦後8位の在職日数とはいえ、3年では短命の部類だ。テレビ越しに見た記者会見でも、首相の表情からは無念さがうかがえた。
 「新しい資本主義」をスローガンに、賃上げや中間層の強化など経済政策を最優先に掲げた岸田政権だが、画期的だったのはむしろ防衛政策だ。22年12月には、安保3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)改定に取り組み、反撃能力保有などを明記した。
 ロシアのウクライナ侵攻、中国の領土拡張政策と台湾への軍事的圧力など、日本を取り巻く国際環境は緊張度を増している。いわゆる保守色はさほど強くなかった岸田首相だが、安全保障の強化には従来のイメージをかなぐり捨て、果敢に取り組んだ印象を与えた。23年5月には広島で先進7カ国首脳会議(サミット)を開催し、ウクライナのゼレンスキー大統領を招待するなどして注目を集めた。「核なき世界」の理念のもと、各国首脳に被爆地の実態を訴えたことも注目された。この頃が岸田政権のクライマックスだったと言えるだろう。
 沖縄の米軍基地問題に関しては基本的に安倍晋三・菅義偉内閣の路線を踏襲し、沖縄振興と米軍普天間飛行場の辺野古移設に取り組んだ。だが沖縄に豊富な人脈を持ち、地元の事情に精通していた安倍・菅政権ほどには沖縄への特別な「思い入れ」が感じられないという声もあった。
 政権への評価が暗転したのは23年後半から表面化した「裏金」問題だ。派閥政治の弊害が指摘される中、首相は起死回生を図って自ら岸田派を解散し、安倍派、二階派などもそれに続いた。
 続いて政治資金規正法の改正などに取り組んだが、世論の風当たりは強く、各種選挙で自民党の敗北が続いた。
 安倍元首相の銃撃事件後に表面化した旧統一教会問題、安倍氏の国葬を巡る政争なども政権の体力を奪った。衆院選を前に支持率が落ち込み、総裁選の出馬断念に追い込まれたのは菅前首相と同じで、政権は2代続けて世論に退路をふさがれた。
 だが、憲政史上最長だった安倍政権の記憶はいまだに新しい。内外に問題が山積する中、首相が短期間で次々と変わる政情へと日本が逆戻りするのは、国益上も好ましくない。
 間もなく自民総裁選、その後は政権選択の選挙である衆院選が予想される。早急に政治不信を払拭し、内政・外交に力を発揮できる安定政権の誕生が望ましい。

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