沖縄戦末期の1945年、石垣島から台湾に向かった疎開船2隻が米軍に攻撃され、多数の犠牲者を出した「尖閣列島遭難事件」をテーマにした初の本格ノンフィクション「尖閣1945」が産経新聞出版から発刊された。作家の門田隆将さんが長年構想を温めてきた作品で、生存者や遺族の証言を得て、事件の実相に生々しく迫った。門田さんは「この事件は尖閣諸島が日本人にとって、いかに大切な島であるかを物語っている。『日本人全員が知らないといけない』という思いで書いた」と語る。
疎開船は米軍の攻撃を受けて航行不能になり、生存者たちは尖閣諸島・魚釣島に漂着。島には、かつて日本人の開拓者たちが発見した真水があり、生存者たちの命をつないだ。
門田さんは綿密な取材で事件の詳細を再現しながら、なかなか知られていない尖閣諸島の歴史をひもとく。島々が歴史的にも国際法上も日本固有の領土であることを改めて証明し、尖閣の侵奪を狙う中国の不当な主張を論破していく。
事件から80年近くが経過し、高齢化した関係者への取材は時間との闘い。その中で門田さんが注目したのが「決死隊」の存在だった。
魚釣島の生存者たちは過酷なサバイバルを強いられ、死者も続出。しかし若者8人の決死隊が魚釣島から石垣島までサバニで漕ぎ切り、救助を要請したことで、1カ月以上の漂着生活にピリオドが打たれた。
決死隊が出発した際「母が米寿の祝いに着たカリー(嘉例)の着物だから」と言って涙ながらに赤い着物を引き裂き、鉢巻きにして渡した花木芳さんという女性がいた。
花木さんを作品のキーマンの一人と考えた門田さんは、その行方を追ったが、長く不明のまま。取材は壁にぶち当たり、一時、作品の完成も危ぶまれていた。しかし今年3月、知人を通じて花木さんの遺族を見つけ、直接取材することができ、欠けていたピースが埋まった。
さらに8月15日の「八重山日報」などの紙面には、決死隊で唯一表彰されていなかった人物の消息を伝える記事が奇しくも掲載された。「尖閣1945」にも急きょ、そのエピソードが加えられた。
門田さんは「いろいろな巡り合わせ、偶然、奇跡が重なった。先人の導きがあったから完成できた」と感謝。「この事件には、日本の先人たちの不屈の闘志、気迫、思いやり、優しさがすべて凝縮されている」とアピールする。
11月の出版後、反響は大きく、既に増刷が決まった。同書は302ページ。定価1760円(税込み)。