中山市長が失職 内外で存在感、手法に批判も 石垣市

船上から尖閣諸島を視察する中山氏=2023年1月

 石垣市議会で不信任決議された中山義隆市長(58)が29日午前0時で自動失職し、4期目の中山市政は任期途中で幕を下ろした。中山氏は、日本の安全保障の要衝である石垣市の市長として内外で出色の存在感を示す一方、行政手法を巡って市議会野党から厳しい批判を受けている。市長就任から15年、常にニュースの中心であり続けた。

 中山氏は八重山青年会議所理事長などを経て市議に。2010年の市長選で、当時5期目を目指した大浜長照氏を破って初当選し、史上最年少の42歳で市長に就任した。
 同年に尖閣諸島沖で中国漁船が巡視船に衝突する事件が発生。12年には日本政府の尖閣国有化を契機に、中国政府が派遣した公船が尖閣周辺で頻繁に領海侵入を繰り返すようになる。
 政府による石垣島への自衛隊配備計画も本格化。渦中の石垣市長として、中山氏の動向は全国のメディアから注目の的となった。
 尖閣諸島問題では、石垣市の行政区域であることを内外に示すとして「尖閣諸島開拓の日」制定と毎年の式典開催、尖閣諸島の字名変更、標柱設置のための政府への上陸申請などに取り組んだ。
 22年からは尖閣諸島周辺の海洋調査を開始し、自ら調査船に乗り込んで島を視察。24年には市役所内に尖閣諸島対策室を設置した。沖縄戦時に起きた尖閣諸島遭難事件をテーマにした書籍の映画化にも着手した。
 ただ中国との関係悪化を懸念する政府は市の上陸申請を認めず、海洋調査などの取り組みに関しても野党から「中国を刺激する」と懸念する声が上がる。
 自衛隊配備問題に関しては、断固拒否の構えを示していた前市政の政策を大転換。国と「話し合いのテーブルにつく」と柔軟な姿勢を示し、最終的に配備を容認した。
 野党が求めた住民投票の実施は拒否。一部の市民は自衛隊配備を問う住民投票を求めて市を提訴したが、敗訴に終わった。
 中山氏は自衛隊配備完了後も駐屯地内での日米合同訓練を容認し、野党は「石垣島が軍事の島になる」「有事には住民が危険にさらされる」と猛反発する。
 最近では歴史認識問題を巡って市議会で応酬する場面が見られるなど、中山氏と野党は最後まで激しく対立した。
 中山氏の行政手法はトップダウン的にアイデアを次々と施策化するタイプ。「強引」との見方もある。最近は台湾基隆ー石垣定期フェリー航路開設を先頭に立って推進。事業の必要性や採算性を巡って市民の間で賛否の議論を巻き起こしている。
 4選を果たしたことで県内でも古株の市長となり、今年は離島から初めて県市長会会長、全国市長会の副会長に就任したばかりだった。
 初当選時には前市長の長期政権を批判して行政刷新を主張したが、出直し市長選に出馬すれば自身が前例のない5期目を目指すことになる。
 その場合、選挙戦では自衛隊などを巡る安全保障問題、多選の是非、中山氏の行政手法が問われることになりそうだ。
 中山氏の失職で石垣市は29日から市長不在となり、次期市長就任まで知念永一郎副市長が職務代理者を務める。

関連記事

八重山日報公式 X(Twitter)

フォローする

ユーグレナ シルバー人材センター たびらいレンタカー ひとし眼科 嶺井第一病院 アイン薬局
ページ上部へ戻る