【視点】国葬欠席の判断は妥当か

玉城デニー知事は27日に実施される安倍晋三元首相の国葬に参列しないと表明した。安倍氏死去後の7月11日、県庁に半旗を掲揚したことを挙げ「県としての弔意は既に示した」と説明。国葬の是非に関しても「厳しい世論があるのではないか」と述べた。国葬当日の県庁での半旗掲揚も行わない。
政府と県は米軍普天間飛行場の辺野古移設を巡り、厳しく対立している。県民の多くがいたずらに関係を悪化させる状況を望んでいるとは思えないが、国葬欠席表明は、知事選の再選早々、火に油を注ぐような行動に見える。
安倍氏は首相時代、辺野古移設を推進した経緯があり、反基地派からの非難を一身に浴びた。玉城氏自身も安倍氏とは政治的に対立関係にあった。玉城氏の国葬欠席は、自らの支持基盤に対するアピールという側面が強そうだ。
だが、そうした政治的な思惑と、県民全体の利益とは別の話である。
47都道府県のうち、知事が国葬を欠席する意向を示しているのは、御嶽山噴火災害の追悼式に出席するためとしている長野を含め、沖縄と静岡の3県に過ぎない。逆に言えば沖縄の政府に対する無用な「けんか腰」が突出している。
一方、国葬に参列する大阪府の吉村洋文知事は「国民から支持されて担う政権が決めたのであれば、自治体の長として国葬に参加するのは当然。自分の思うようなことをしてもらえなかったから、と言うのも違うと思う」と発言した。
立憲民主党は党執行部の欠席を決めているが、野田毅彦元首相、玄葉光一郎元外相が参列の意向を示した。
野田氏は「私は首相の重圧と孤独を短い期間味わい、安倍氏はそれを最も長く経験した。元首相が元首相の葬儀に出ないのは人生観から外れる。長い間ご苦労さまでしたと、花を手向けてお別れをする」と述べた。
世論や党内の批判をあえて覚悟してでも自らの信念を披歴した知事や元首相と、イデオロギー優先のような玉城氏の発言の落差は大きい。
安倍氏は在任中、沖縄で空港や港湾といったインフラ整備を進め、米軍北部訓練場の過半の返還を実現するなどの多大な実績を残した。安倍政権への評価を巡り、反基地派の批判だけに引きずられているような玉城知事の態度は残念だ。
しかも今、玉城知事は辺野古移設問題で政府に対話を求め続けている。国葬に出席すれば、対話の準備があることをアピールする機会にもなったのではないか。
県は22日の県議会で、辺野古沿岸埋め立ての設計変更を不承認としたことに関し、国を提訴する費用を盛り込んだ予算案を提出した。翁長雄志前知事の時代から続く泥沼のような法廷闘争は、玉城知事再選後も続く。国との対立一色の路線が県民全体の利益になるのか、改めて問われる。
保革の糾合という建前の「オール沖縄」勢力も変質が著しい。
玉城氏は知事選で立憲、共産、社民、れいわなどの推薦を受け、当選後は上京して各党へお礼のあいさつ回りをした。共産党の創立100年記念講演会にはメッセージも送った。
これは「オール沖縄」というより、沖縄では革新共闘、本土では野党共闘と呼ばれる体制そのものだ。
自公政権への対抗上、国政野党へ依存せざるを得ない事情もあるが、国葬への対応も含め、もう「オール沖縄」の看板を降ろすべきではないか。

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