【視点】離島生まれの女性作曲家がいた

 宮古島出身の女性作曲家、金井喜久子さん(1906~86)の功績を後世に伝えようと「金井喜久子プロジェクト実行委員会」が設立され、3月には宜野湾市で設立記念コンサートが開かれた。
 金井さんは女性の社会的地位が低かった時代、果敢に音楽の道を選び、日本人女性として初の交響曲を作曲したとされる。そのような女性が沖縄出身、しかも離島生まれというのは離島住民にとって誇りだ。復帰50年の節目に、金井さんの仕事を振り返りたい。
 金井さんは旧姓川平。県立第一高等女学校を卒業後、東京音楽学校に進み、本格的に音楽を学んだ。1940年に日本人女性で初めて交響曲を作曲したとされる。
 沖縄の音楽を広く知らせることに情熱を注ぎ、オペラ「沖縄物語」は琉球政府賞、沖縄のわらべうた「じんじん」はレコード大賞歌謡賞、沖縄民謡を採譜した著書「琉球の民謡」は毎日出版文化賞を受賞した。72年の復帰式典の序曲「飛翔(はばたき)」も作曲している。
 クラシック音楽の本場ヨーロッパには女性の演奏家は数多くいたが、女性作曲家は19世紀まで非常に数が少なかった。根強い偏見や差別があったことは容易に想像できる。
 オーケストラを駆使する交響曲は、高度な作曲技法が必要なジャンルだ。この時代、日本で作曲された交響曲の数はまだ少なく、女性作曲家の作品となると、欧米でさえ知られている限り皆無に近い。金井さんの先進性がしのばれる。
 戦前から復帰前にかけ、沖縄の文化が本土でほとんど知られていなかった時代に、沖縄の素材にこだわった作曲活動を展開した意義も大きい。
 時代の制約に真正面から挑み、女性の社会的地位向上や沖縄文化の普及に献身した先人と言えるだろう。
 沖縄の音楽家と言えば、石垣市出身の宮良長包(1883~1939)が地元では有名だが、まだ全国的に知られている存在とは言えない。金井さんはこれほどの業績を残しながら、沖縄ですら名前が忘れられていた。
 沖縄は世界に誇れる人材の宝庫だが、まだまだ多くの偉人たちが埋もれたままになっている。私たちは今一度、しっかりと足元を見つめ直す必要があるのではないか。
 沖縄を舞台に、八重山にルーツを持つ黒島結菜さんが主演したNHKの連続テレビ小説「ちむどんどん」の放送が始まった。節目の年に沖縄ブームが再来しそうな雰囲気だ。
 来月15日には沖縄と東京で復帰50年記念式典が開かれ、岸田文雄首相は沖縄会場に出席、天皇皇后両陛下はオンラインでご臨席する。
 苦難の歴史を経て、沖縄がここに至るまでの道のりは長かった。金井さんに限らず、今年は井戸を掘った多くの先人たちの足跡に思いを馳せたい。
 ウチナーンチュであり、日本人であることの誇りと喜びを実感できる1年になれば幸いだ。

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