OKINAWA考古学(2)

当たり前ではあるが、海底だと足がつかない深さの場合がある。そうなると、連携作業が必要だ。遺物の位置を示す人と、海上でGPSを操作する人に分かれて記録していく。
更に、遺物が大きい場合は、こうやって2人がかりで潜ったまま目標物の計測や正確な実測図を作成していくのだ(写真1)。

写真1


遺物の種類は多岐にわたるが、グスク時代(11世紀から16世紀頃までの、琉球王国が成立し、王政が本格的に確立するまでの期間)以降の陶器が多いという。1372年に明への進貢が始まるなど、船による流通が盛んになった。近海を往来した多数の船舶があったと推察されるが、不幸にも中には海難事故に遭遇し、沿岸で座礁や沈没の憂き目となった船もあっただろう。また、そこまでには至らなかったものの、積み荷を投棄せざるを得なかった場合も考えられる。いずれにせよ、そうした当時の船乗りの悲劇や無念が、今こうして海底に眠っているのだ。
一方、グスク以降の遺物も多く見つかっている。たとえば、宮古島北方の八重干瀬はダイビングやシュノーケルポイントとして人気の巨大サンゴ礁群であるが、英国の軍艦プロビデンスが座礁・沈没した海域だと考えられてきた。
沖縄県立埋蔵文化財センターの調査によると、船の残骸や遺物が確認できた。中国産の陶磁器だけでなく、何とガラス製のワインの瓶や角瓶までが見つかった(写真2)。西洋の船だと推定可能だ。

写真2

なお、センターの調査員が発見した際、角瓶の割れた部分が丸くなっていたことから、数百年にわたって海底で摩擦していたものと思われる。中身は一体何だったのだろう。まさか泡盛?
(写真提供=沖縄県立埋蔵文化財センター。同センター調査報告書第52集「沿岸地域遺跡分布調査概報Ⅱ ~宮古・八重山諸島編~」の記事を再編集いたしました)

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