米兵犠牲者を追悼 石垣島事件で慰霊式典

犠牲者を慰霊する参列者=15日午前、米軍飛行士慰霊碑前

 太平洋戦争末期、石垣島に不時着した米軍機に搭乗していた米兵3人を旧日本海軍の警備隊が殺害した、いわゆる石垣島事件で命日の15日、石垣市新川の米軍飛行士慰霊碑前で慰霊式典が開かれた。今回は在沖米国総領事館や在沖米海兵隊、米軍第7艦隊音楽隊など米側の関係者28人が参加。日米が共に亡くなった米兵を慰霊した。来年以降、遺族を含めた米関係者が参列できるよう、調整を進める予定。
 石垣島事件は1945年4月15日、日本海軍が対空砲で米軍機1機を撃墜、捕虜となった搭乗員(米兵)を惨殺した事件。バーノン・ティポ中尉、ロバート・タグル兵曹、ウォーレン・ロイド兵曹の3人が同日夜に処刑された。
 戦後、事件に関わった旧日本軍の7人が米軍横浜裁判の結果、死刑になった。
 式典は米軍三飛行士慰霊式典実行委員会が主催し今年で22回目。これまで、米側の参加は中断していたが、今年2月に米軍関係者が実行委関係者と会い、幹部が式典参列を決めた。
 式典は市や市議会、米領事館、米軍など約50人が参列し上原成和牧師の祈りの後に、米軍音楽隊が追悼の歌として日米両国の国歌「君が代」「星条旗」を演奏。全員が黙とうした。
 追悼の言葉で慰霊碑建立期成会顧問の篠原武夫琉大名誉教授は「慰霊碑は日米の親善・友好の発展に大きく寄与し遺族との和解の証だ。戦争の悲惨さ、平和の尊さを石垣から世界に発信できた」と強調した。
 中山義隆市長(代読・大城智一朗市民保健部長)は「私たちは過去から学び、教訓を得て次の世代に継承する責務がある」と力を込め、石垣市は世界平和の願いを強く発信するとした。
 我喜屋隆次議長(代読・東内原とも子副議長)は、終戦から78年が経過してもロシアによるウクライナ侵攻などの紛争が絶えないと指摘。「戦争で犠牲になった全ての人々に哀悼の意を表する」と述べ、戦争は繰り返さないと決意した。
 米軍第一海兵航空団司令官のエリック・オースティン少将は「私たちの国々は敵対関係にあったが、現在では同盟国だ。共通の利益を推進するため協力している」と強調。「日米がこれほどまでに良好で重要であったことはない」と続けた。3米兵を慰霊し、宮古島沖で行方不明になった陸自ヘリ搭乗者とその家族、関係者にも思いを馳せた。
 式典終了後、実行委の識名安信委員長は「来年は(日米)合同で、遺族もお呼びしたい。事件を風化させることなく、次世代に語り継いでいくことが必要だ」と話した。

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