21日投開票の参院選で「保守地盤」とされる石垣市、宮古島市では自民公認の安里繁信氏の得票がトップだった。ただ当選した高良鉄美氏との差が宮古島市では2360票と開いたのに対し、石垣市では8000票台で並び、479票差と肉薄された。市長選を除き、石垣市では保守系候補と革新リベラル系候補が常に接戦となっており「石垣市を保守の牙城と呼ぶのは、必ずしも実態を反映していない」と指摘する声もある。
安里陣営の八重山選対本部長を務めた大浜一郎県議は1万4000票台の得票を目標に掲げたが、実際には遠く及ばなかった。「投票率があまりにも下がって、びっくりした。今後の大きな課題だ」と述べ、45・48%という低投票率に苦戦の要因があるとの認識を示す。
一方で、安里氏が離島振興や国との対立解消を掲げ、八重山で最多得票となったことは「非常に良かった」と肯定的に受け止めた。
自民党石垣市支部の石垣亨支部長は、安里氏が米軍普天間飛行場の辺野古移設について「口が裂けても推進とは言わない」と発言したことを挙げ「保守層に戸惑いがあったのでは」と指摘。同時に「離島振興の政策に一定の評価を得た。厳しい環境の中でよく頑張った」と評価した。
16年間の革新市政が続き「革新地盤」と称されていた石垣市で地殻変動が起きたのは2010年の市長選。初当選した中山義隆氏は1万6421票を獲得し、現職・大浜長照氏に5014票の大差をつけた。
以来、知事選、衆院選、参院選が計10回行われているが、すべて自公が支援する保守系候補が最多得票となった。当選者と石垣市の最多得票者が異なる「ねじれ」が生じた知事選、衆院選、参院選も計6回に達している。
一見、「保守地盤」の名に恥じないようだが、石垣市で特徴的なのは、保守系候補が「圧勝」できないことだ。昨年の知事選では633票差、17年衆院選では821票差、16年参院選では297票差の接戦だった。革新陣営の底力が健在であることをうかがわせている。
昨年の市長選では現職の中山氏が大差で3選を果たしたが、他の2候補の得票合計は中山氏を576票上回っており、見方によっては辛勝と言える。
一方、宮古島市では昨年の衆院選で、自民候補が次点に約8000票差の大差をつけ、沖縄本島も含めた選挙結果に大きな影響を及ぼした。石垣市とは全く状況が異なる。