鎌倉時代の僧、日蓮は幕府と対峙した反骨の僧侶というイメージが強いが、残された手紙からは違う一面もかいま見える◆信仰ゆえに牢に入れられた弟子に宛て「こよいの寒さにつけても、牢の中のありさまが思いやられて、いたわしい」「『(法華経の信者は)害することができない』と説かれている。別条あるはずはない」。苦境にある相手を思いやる、優しい言葉である◆別の文書では「鳥と虫は鳴いても涙は落ちない。日蓮は泣かないが、涙の止まることはない」と記した。八百年も前の人物だが、残された言葉からは、権力に屈しない強靭な信念と、繊細で涙もろい性格が浮かび上がる。言葉は図らずも、その人物の人格やスケールを反映してしまう。不用意には使えない◆ひるがえって現代。立憲民主党の女性国会議員が、安倍晋三首相の辞任表明を受け「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」とツイートした。新進気鋭の政治学者が、首相に同情する発言をした歌手に対し、フェイスブックに「早く死んだほうがいい」などと書き込んだ。いずれも抗議を受けて謝罪したが、一度発した言葉は元に戻せない◆人は死ぬが、言葉は百年、千年を生きる。「言葉の力」に対する畏(おそ)れを、今一度噛みしめたい。(N)