知事は辺野古移設を「負担の付け替え」とも批判している。ただ辺野古移設は普天間飛行場を大幅に縮小した上での移設になること、米軍機は海上ルートを飛行し、住宅地の上空は避ける合意があることも考慮する必要があり、単純に右のものを左に持っていくような移設ではない。
辺野古移設に関しては、米軍の新基地建設であるという基地反対派の宣伝が横行しており、基地負担軽減策が、あたかも新たな基地負担であるかのようなイメージも県民に定着してしまっている。自民党関係者からは「現状では、辺野古移設に関する県民の冷静な議論は難しい」という率直な感想を聞くこともある。
悲惨な沖縄戦を潜り抜けた県民が新基地建設にもろ手を上げて賛成できない感情は当然だ。しかし、そもそも新基地建設ではないし、反対運動のため基地負担の軽減が滞ったり、脅威に対する防護体制が弱体化することは本末転倒である。
辺野古移設をめぐっては、反対派による「県内移設では負担軽減にならない」「海兵隊が撤退しても中国に対する抑止力は低下しない」「抑止力という概念自体が虚構」などという証明不能の議論が延々と続いている。政府としては移設を断行し、普天間飛行場の早期返還を「目に見える形で」実現することが、百の議論にも増して県民の利益になる、との大局的な判断に立ったのだろう。
辺野古移設を実現しても、米軍基地の負担軽減に向けた努力がそこで終わるわけでないことは当然だ。
日米地位協定の改定はもちろん、米軍と自衛隊の基地共同使用の推進、自衛隊の任務拡大など、日本として可能なことはまだ多い。早期に新たなステージを見据える必要がある。