【視点】報道への「圧力」と自浄作用

 だが、こうしたメディアに「反撃」する政治家の言動も、つぶさに報道されている。日本でも時おり、有力政治家が報道に対する苛立ちを示すことがあるが、どちらかと言えば、逆に報道に対して政治家が委縮しているような現状に思える。メディアが恐れおののかなくてはならないほど、報道に対し、政治が優位に立っている状況ではないだろう。
 権力を監視するのがメディアであるならば、メディアは誰が監視するのか。当然、監視役は政治家ではなく読者であるが、メディアと読者には圧倒的な情報量の差がある。読者が報道の誤りや偏りを正していくのは容易ではない。
 インターネットニュースやSNSの普及で、メディアが情報を独占する時代は終わり、情報源は多様になった。ただ一方では、フェイクニュースやデマも横行している。確かにメディアの権威は、一時期に比べ低下した。とはいえプロフェッショナルな取材能力と情報精査能力を持つメディアの優位性は、基本的には揺らいでいない。
 それだけにメディアはおごり高ぶったりせず、常に自浄能力を保ち続けることが大事だ。
 報道の自由が問題になった直近の例としては、2015年、作家の百田尚樹氏が自民党の非公開の会合で、沖縄の新聞に対し「つぶさなあかん」と発言して物議をかもしたことが思い出される。
 当時の報道各紙は一斉に百田氏や自民党批判に走ったが、百田氏が一般人であることを考えると、今回の安住氏のケースのほうがよほど深刻だ。今にして思えば、当時の騒ぎはメディア側の過剰反応だったと言えるだろう。
 独裁国家で政権から攻撃を受けているわけではない。メディアの側も、相手が政治家だからと言って、多少の論難で「圧力だ」などと頭に血を上らせたりせず、悠然と構える度量が求められるのではないか。ましてや一般の読者からの率直な意見には、しっかり耳を傾ける姿勢を堅持したい。

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