世界は香港で民主主義の「死」を目撃することになるのだろうか。中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)常務委員会の会議が6月30日、「香港国家安全維持法」案を全会一致で可決した。中央政府の機関が香港で容疑者を拘束し、中国本土へ送ることが可能になり、中国本土と同様、香港でも反政府的な言動が取り締まりの対象になる可能性がある。香港の民主主義は大きく後退することになる。
香港の民主派団体メンバーは悲痛な叫びを上げている。堪能な日本語を駆使して発信を続けている周庭さん(アグネス・チョウ)さんはツイッターで「日本の皆さん、自由を持っている皆さんがどれくらい幸せなのかをわかってほしい。本当にわかってほしい・・・」とつづった。30日には法の成立を受け、民主派団体からの離脱を発表した。
他の主要メンバーも同様な動きを見せている。香港の民主化運動は事実上、壊滅する恐れがある。
同法によって処罰対象となるのは、国家分裂や政権転覆などの行為である。9月の立法会選挙への立候補者らが、憲法に相当する香港基本法の順守や香港政府への忠誠を誓う確認書に署名しなければならないとも規定。今後、中国の締め付けは民主派の立候補阻止まで進む可能性があり、そうなれば名実ともに香港の民主主義は終焉することになりそうだ。
菅義偉官房長官は30日の記者会見で「国際社会や香港市民の強い懸念にもかかわらず、同法が制定されたことは遺憾だ」と述べた。米国もさらに対中批判を強めると見られる。
今回の立法は民主主義の精神を真っ向から否定するもので、強い非難に値する。しかし中国は軍事力、経済力ともアジアでは抜きんでた超大国に成長し、太平洋を隔てた米国や、相対的に国力が低下した日本が頭ごなしに叱りつけるようなわけにはいかない。暴走を止める手段はないのが現実だ。
周庭さんのツイッターがいみじくも言い当てたが、多くの日本人が誤解しているように、世界は民主主義や法の支配といった理念で動いているわけではない。世界で成功している民主主義国は先進国と呼ばれる一握りの国々だけで、多くの国々では独裁がむしろノーマルな姿だ。
民主主義国にあっても、自らの権利を自らで守る気概がなければ、民主主義はたちまちのうちに失われるし、抵抗する力がなければ。外から屈服させられることもある。民主主義とはもろいものだという認識の上に立って、それを守り育てる努力を怠ってはならない。
その意味で日本とは比べものにならないほど危機感を強めているのは台湾だ。蔡英文総統は「非常に失望している」と述べ、民主主義を求める香港人を今後とも支援していく姿勢を示した。香港情勢に対する当事者意識が強く、切迫感があるコメントだ。
中国は長期戦略で動いているように見える。香港の次に触手を伸ばすのは当然台湾だ。武力を誇示しての恫喝や、経済的な取り込みなどの「調略」がさらに激しさを増すはずだ。台湾への強力な支援が必要である。
台湾の隣には沖縄があり、沖縄は地理的に日本の対中最前線の役割を担っている。考えてみれば、台湾に対するような「調略」は沖縄に対しても既に始まっている。沖縄が民主主義の防波堤でもあることを、県民は自覚しなくてはならないだろう。