戦争はバカな大人が勝手にしたこと―。ある高校生から聞いた言葉だ。善悪や生死を考えたことのない、例えば「国難に殉ずる」と聞けば条件反射で反発する大人たちから、そう教わったのだろう。彼らは「生とは何か」と真剣に自問したことがあるのだろうか◆殉ずるとは、何かの「ため」に自分の「生」を懸けることを言う。ここには「生=価値」という前提がある。生きること自体に価値があるからこそ、その価値を掛けられた「何か」に尽くすことが価値だ、というのである◆国難に殉じた人は、国家の存亡に関わる危機にその生が直面した時、価値ある守るべき「何か」を胸に秘めていた。家族、友人、夢、故郷、皇室、伝統…。生きること自体に特定の意味などはない。だからこそ人はそれを自ら見出し、その価値にふさわしく生きようとするのではないか◆「国難に殉ずる」ことを否定したがる人ほど「国」に固執し、殉じた「当の」本人や国難が生じた「当時の」諸現象に思いを馳せられていない。何から何を守った、ひとりびとりだったか◆残念な大人たちは「何かのため」を無視し、無批判に「ただ生きる」ことこそ貴ぶべきと思い込んでいるように思える。今一度問う。生とは何か。善悪、生死とは何ぞや。