政府は台湾有事を念頭に、国境に近い先島諸島の5市町村住民を九州に避難させる計画を公表した。
住民としては、できれば考えたくない事態である。だが考えることを拒否して思考停止になっては、万一の事態で救える命も救えなくなる。
県民の4人に1人が犠牲になったといわれる沖縄戦の惨禍を教訓に、政府は今後、計画をより緻密に練り上げていかなくてはならない。
計画では、先島5市町村の住民12万人を6日間で九州・山口の6県32市町に避難させる。空路は新石垣空港、宮古空港など、海路は石垣港、平良港を拠点に住民を輸送する。
避難先は石垣市が山口、福岡、大分の3県、竹富町が長崎県、与那国町が佐賀県、宮古島市が福岡、熊本、宮崎、鹿児島の4県、多良間村が熊本県とされた。
5市町村は学校の校区や島などのコミュニティ別にまとまり、受け入れ先の市町に避難する。同じコミュニティは近隣の旅館、ホテルで受け入れられるよう検討する、としている。
計画はまだ粗削りだ。まずは大筋で計画を決め、問題点が浮上した時点で随時、手直ししていく手法が取られるのだろう。
沖縄戦では住民の疎開が遅れた。多くの住民が取り残されたままの本島南部に日本軍が撤退したことで「軍民混在」と呼ばれる状態が引き起こされた。
住民を戦闘に巻き込んではいけない。それが沖縄戦の最大の教訓だ。今回の計画は、有事に離島の全住民を九州に移動させる政府の方針が形として明示されたことに意義がある。
だが航空機や船舶の手配、避難誘導に当たる人員の確保、九州・山口各県の受け入れ態勢構築、避難後の住民の生活保障など、計画実行に当たってさまざまな問題が浮上するのは必至だ。
1944年8月、学童疎開船が米軍に撃沈された対馬丸事件は、避難中の住民の安全をどう守るかという課題も突き付ける。
各自治体に国民保護計画の策定が義務付けられた約20年前、当時の石垣市長は「国民保護計画は机上の空論」と批判した。国民保護計画を策定すること自体に拒否反応が広がるような世情だった。
現在、国際情勢は20年前より格段に悪化している。だが国民保護の議論は、まだ緒に就いたままだ。この間、真剣に危機管理に取り組んでこなかったツケが一気に回ってきていると言っても過言ではない。
ところが、いまだに住民避難を「机上の空論」と非難する風潮が一部に存在することに驚く。これでは、いつまで経っても議論の停滞が続く。沖縄戦の教訓を後世に引き継ぐこともできないのではないか。