祖納沖で遺骨調査開始 太平洋戦争末期に米軍機墜落 西表島 マカロニン氏がNYから来島

1943年月の同窓会で、マイケル氏の父・ホワード氏(中央右)がクラスメート4人と撮影。中央左がジョン・マクグラス少尉(マイケル氏提供=写真右)。西大舛町長(右)に遺骨収集の趣旨やマクグラス少尉について説明するマイケル・マカロニン氏(中央)と、通訳の赤塚由香理さん=22日午後、竹富町役場(写真左)

 太平洋戦争末期、西表島祖納沖で墜落した米軍機パイロットの遺骨収集に向け、マイケル・マカロニン氏=ニューヨーク州=(45)と、米国の遺骨調査団体の職員ら3人が23日から祖納での調査を開始する。

 パイロットは同州北部の町・トロイ出身の米海兵隊、ジョン・マクグラス(JOHN McGRATH)少尉=当時21歳=。マイケル氏の父・ホワード氏の高校時代のクラスメートであり、米海軍での戦友だった。
 西表島爆撃のため、1945年7月21日に現在の嘉手納基地から米軍機4機が飛び立たったが、少尉の機が祖納沖で墜落(原因不明)、命を落とした。
 幼いころから父に少尉の話を聞かされていたマイケル氏は、00年に遺族探しを思い立ち、電話帳を頼りに少尉の姉を見つけ、自ら当時の資料を調べるなど、本格的に遺骨収集へ動き始めた。
 17年9月、米国の墜落機調査と遺骨収集を専門にするNPO法人「パシフィック・レックス」のジャスティン・タイラン氏の協力の下、米軍資料などから機体墜落地を祖納沖だと特定した。
 タイラン氏は遺骨調査・収集活動を行う米国NPO法人「KUENTAI―USA」の倉田宇山理事長らに協力を求め、18年11月に倉田氏と通訳の赤塚由香理氏と初対面。
 倉田氏らは日本の姉妹団体「空援隊」と連携し、八重山平和祈念館や国会図書館などで日本側資料を当り、関係者らの聞き取り調査なども行って、米側資料を裏付けていった。
 調査に先立ち、マイケル氏らは22日午後、竹富町役場に西大舛髙旬町長を訪れ、調査の趣旨を説明した。
 マイケル氏は「74年の時を経て、父の良き友人に関する詳細を発見、記録することができることは、私だけでなく、少尉の遺族や故郷にとっても大変光栄なこと」と強調し、表敬訪問実現に感謝した。
 倉田氏は「遺骨を還したという米側の記録もあるが、遺族には届いてない。墜落機の残骸などがあれば証拠となり、米政府にプレッシャーをかけられる」と意気込んだ。
 西大舛町長は「沖縄本島だけを中心に遺骨収集されるが、八重山にもある。没した人を供養するのは当たり前のこと。我々にできることはやる」と力強く応えた。
 タイラン氏によると、石垣島沖にも米軍機2機が墜落したが、遺骨が遺族のもとに還されておらず、今後はその調査も進める意向だという。
 同調査は28日まで行われる予定。

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