【青年弁論大会】日本人として育ったことに対する感謝

[敢闘賞]仲村隆次

 「いやしくも祖国を有し、それと一連の共通の文化と歴史を持ち、日本人としての民族的矜持を有する沖縄の住民が、どうしていつまでも異民族の統治下に満足しておられましようか」
 これは、沖縄が米軍統治下にあった昭和28年、参議院に参考人として招かれ演説をした沖縄教職員会会長の屋良朝苗氏の演説の一文です。
 私は平成6年生まれの、ごく一般的な沖縄県民です。生まれたときから沖縄は日本であり、それが当たり前だと思い祖国復帰の歴史については深く考えたことはありませんでした。しかし、祖母や父の影響を受けて、祖国復帰について勉強を始めたのも最近のことです。その中で、この演説に参加しようと決意したのは、冒頭で紹介した屋良朝苗氏の演説に強い衝撃を受けたからです。
 屋良朝苗氏とは、沖縄県復帰前の教職員会会長として、沖縄県復帰運動のリーダーを務め、1968年に米軍基地全面撤去を訴え革新統一候補として琉球政府の行政首席に当選し、任期中に沖縄県祖国復帰を果たした政治家です。沖縄ではその名前を知らない者はいない大政治家ですので、私もその名前を知っていましたが、革新政治家というイメージが強く翁長雄志氏のような革新政治家だと思っていました。その屋良朝苗氏が、現在の保守政治家からも聞いたことの無い、強烈な日本人としての魂の叫びのような演説を行っていたことに、私は大きな衝撃を受けたのです。
 屋良氏はこの演説で、沖縄の子どもたちの教育についてこのように語っています。

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